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Re: 水子供養について

 投稿者:住職  投稿日:2008年 9月29日(月)09時50分31秒
返信・引用
  > No.3[元記事へ]

mistyさんへのお返事です。

奥さまが師事されている真言密教の僧侶がいらっしゃるそうで、その僧侶が親族関係のご回向をくまなく行っていらっしゃるのでしょうか?親族関係までかかわったら大変な数になると思いますが・・・・なんで奥さまが親族関係の水子供養を仕切らなければならないのでしょう。縁によって総てはつながっているからと言われればそうですが、それを理由にしたら、グローバル世界のこんにちは世界中の人ともつながっています。人だけではない動植物すべてが関わっています。やはり基本は、個々人が考えることでしょう。

修行を積んだ阿闍梨さまであれば、水子さんの性別までわかるものなのでしょうか?
とのことですが、どんな修行をすれば過去の誰も分からないことがわかるのでしょうか!判る分けないと断言できます。お兄さんなりお姉さんなり特定した方が今後のストーリーを展開し易くなるから、特定したと思います。

意味のない性別ではなく、これからの話し(作り話でしょうが)に必要なのです。胡散臭さを感じますが・・・これはその通りですね。

人智を超えた何ものかの世界があります。人間では分からない世界です。どんなに修行を積んだ阿闍梨さまでも、所詮は人間でしょう。わからないことはわからない。それを分かったように言うのは、傲慢か嘘つきです。

因みに私も阿闍梨です。
 
 

水子供養について

 投稿者:misty  投稿日:2008年 9月 5日(金)08時58分7秒
返信・引用
  先日の墓参についてのご回答有り難う御座いました。今のところ、果たせていませんが、機会を見つけて、曾祖父の墓参に行きたいと思います。
さて、今回は水子供養についてです。
家内が指示する真言密教の僧侶の影響で、親族関係のご回向をくまなく行いつつあります。先日は、家内の母親の水子さんの回向をしていただいたそうですが、その際、その水子さんが家内のお兄さんにあたる人だということが、僧侶から伝えられたそうです。
修行を積んだ阿闍梨さまであれば、水子さんの性別までわかるものなのでしょうか?
実際、水子さんの性別に関しては確かめるすべがありません。
いわれれば信じるしかないような状況で、意味のない性別をわざわざ公言するところに胡散臭さを感じますが・・・
 

墓参について

 投稿者:住職メール  投稿日:2008年 5月 5日(月)18時43分0秒
返信・引用 編集済
  墓参についての注意点を書く前に、この質問の中で、解せないな~と思う事が幾つかありました。それを書いてみます。まず、「普段から信心がないのに」とありますが、仏道修行の勤行や先祖供養の墓参なりをすることで信心を育んでいくもので、信心深くなってからするものではないと思います。
「面識のない祖先への墓参は、その方の業を背負わされる可能性があり、危険なのでやめた方がよい、特に、子供は連れて行って欲しくない」は祖先で面識のある方が珍しいわけですし、何を根拠に墓参で祖先の業を背負うというのかを含めて、重なった誤りがあります。
墓参とはいのちの大きな流れを感じる行為です。これから心身共に成長していくお子さん達こそ、大きな何ものかによって活かされている事を思える場、墓参をすべきでしょう。そんな意味でも、過ちは過ちをうんで論理矛盾をし、結果的にも困った考えになっています。

この逆を考えれば、普通の墓参の考えが出てきます。お会いしたこともないご先祖さま。生身の目では見てないけれど、私たちが今、生きているならば確かに存在したご先祖さまです。いのちの大きな流れはご先祖さまがいたればこそなのですから。
お墓は亡くなった人の骨が埋めてある場所を示してあるシンボルです。亡くなった人を偲び、いのちを頂いたご先祖さまへの感謝する場所です。このことは、どこででもすることですが、象徴的な場としてあります。軽い気持ちも、重い気持ちもなく、こういう意味で墓参することですし、墓参することで気分が晴れ、明日へ向かって元気になることでしょう。

http://sky.ap.teacup.com/baikazan/

 

墓参

 投稿者:misty  投稿日:2008年 5月 1日(木)12時05分57秒
返信・引用
  墓参についての注意点、教えて下さい。
家内が真言宗にはまっていて、私にほとんど信心がないことから、多生軋轢を生じてきています。
特に、半年ほど前、家内が師事する僧侶と(私が)衝突してからは、私自身にも、いろいろ疑問が生じて、それまで私が続けていた勤行も、stopしています。
そのような状況下で、かねてから懸案だった、私の曾祖父の墓参(家族での)を提案したところ、普段から信心がないのに、そのような、面識のない祖先への墓参は、その方の業を背負わされる可能性があり、危険なのでやめた方がよい、特に、子供は連れて行って欲しくない、といわれました。
単なる、軽い気持ちの墓参って、危ないものなのでしょうか?
 

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